僕と彼女の15年愛ストーリー

彼女と慈しみ愛し合い12年目にして人生で忘れられない旅行を経験をしました。魂を揺さぶられ息もできないぐらいの熱い気持ちを何かに記したい!そんな想いから始めた二人の出会いからを綴った真実のストーリーです

 彼女との長い長い純愛ストーリーを綴っています。
出逢いからの楽しいこと悲しいこと、激しく慈しみ愛し合った歳月を振り返りながら、12年目にして忘れられない奇跡の未来旅行を綴っています。
そして現代・・・益々愛し合う日々を送っておりますが、いつまでも仲良く過ごしながら、何気ない日常を綴っていけたらと思います。

タカシの体調不良

本社勤務になってから一段と激務になった。
想定はしていたものの それ以上な案件や研修、会議で息つく間のないほどの日常であった。


三か月経ったある日の朝、激しい頭痛に襲われた。
前々から頭痛には悩まされていたが市販の鎮痛剤で誤魔化していた。
今回のはいつもと違う・・・不安にさいなまれたが今日は大きな研修会の進行の責任者なので休むわけにはいかない。


朝から本社より遠い研修センターに行かなければならない。


せめて午後からなら朝に病院に行けたのに運が悪い。


鎮痛剤をポケットに入れ家を出た。


美緒子さんにメールで状況を伝えるとすぐに電話がかかってきた。


「今日は仕事はお休みしてください!
最近頭痛が頻繁で心配していたけど今日のは尋常じゃない気がします・・・仕事休めない状況はわかるけど仕事中に倒れてしまうかもしれないし、とにかく今日はこのまま病院行ってください! お願い・・・」


彼女の切々とした心が伝わってきた。


通勤電車は満員で立っているのがかなり辛いものだったが途中から座れたが脂汗が滲んできた。
かなりまずい状況である・・・


美緒子さんの言う通りやはり病院行った方がよいかなと思っていた矢先
部下から連絡が入り、やはり行かざるを得なくなった。


ふらふらしながらやっと研修センターに着いた。
3階の会場までの階段を手すりにうなだれるようにつかまりながらやっとのおもいで登った。



研修が始まりもう気が遠くなり脂汗流れ、立っているのも辛くなってきている・・・
倒れたらどうしよう・・・






どうやり過ごしたかよく覚えてないが倒れることなく無事終わった。


美緒子さんからは何通もメールが来ていた。


病院行かず仕事に行くとはメールしていたので心配のあまり車で迎えに来てくれるという。


彼女は半休を取ってくれて会場まで来てくれると書いてあった。


私は申し訳ない気持ちではあったが正直有難かったかった。
もう一歩も歩けない状態だった。
美緒子さんにはいつも救われる。



会場を跡にして彼女の車になだれ込むように乗った。


T 「ごめんね、心配かけて・・・ミオコの仕事まで休ませてしまって・・」


M 「そんなことはいいの!心配でいてもたってもいられなかった、今から病院行きましょう!」


T 「行くけど今はとにかく身体を横にしたい」
そう言ってホテルに向かってもらった。


彼女に優しく包まれ数時間眠った。



美緒子さんの温かい優しい愛情は最大の治療薬である。
安らかな気持ちになり身体も楽にはなったがクリニックに送ってもらった。


症状を話し簡単な検査を受けたが大学病院に紹介状を書かれてしまった。

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爆睡グリーン車の引越し

2011年4月の第2週の週末・・・私は転勤に伴い首都圏へと引っ越しをした。


前回の自腹節約引っ越しとは違い、すべて会社持ちの経費であるが、もう笑ってしまうぐらいの簡単な引っ越しで格安である。


マイカーの移動だけは、また船便で6万円もかかってしまったが、それ以外の荷物は宅配便で段ボール5箱のみ、ほとんどの電化製品と日用品は捨てた。


もう我が家からは、子供の成長に伴いあなたの私物はまったく収納する余裕がないから、カラダひとつで帰って来るよう言われていたのも理由ではあるが・・・。


そんな週末の土曜日、私は溜まっていたEX-ICのポイントを使ってグリーン車で東京へと向かった。







前日は朝方近くまで送別会で盛り上がり、しっかり二日酔いと寝不足状態であった。


年末のブログ記事で、タカシ夜の街編で記述した“韓国パブ ジュン”で朝まで盛り上がり、デヴィ夫人似の美人ナイスバディなママと熱い抱擁の涙ナミダのお別れしてから、ほんの数時間の睡眠での新幹線乗車である。



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乗り慣れないグリーン車だが、シートに吸い込まれるようにグッスリと眠って、終点で起こされたのを覚えている。


そして在来線に乗り換え美緒子さんと待ち合わせの店へ向かった。


もう駅の改札で仲良く待ち合わせなどはできない・・・ここはもう地元である。


予約してあった個室居酒屋に私は先に到着した!先に席に着いて彼女を待っていた!


M「タカシ〜おかえりなさい〜!」いつも以上に満面の笑みである。


T「ただいまー!ミオコごめんね〜四年半いっぱいいっぱい苦労かけたね〜」



M 「長い地方勤務お疲れ様でした、タカシこそ苦労いっぱいだったよね・・・・・これからは本社で新たなスタートですね!おめでとう〜」 乾杯した‼︎



T 「地元とはいえ、この駅降りたことないし初めてのお店でまだ◯◯にいた頃みたい」


M 「つい3週間前は鳥取だったものね〜
なんか不思議な空間に感じます」



そんな会話をしながら、久しぶりの地元での食事を楽しんだが、毎月のように地方で会っていた二人はなんとなくいつもと違った新鮮さを感じていた。


二日酔いだった私だったが、少しのアルコールで頭スッキリしだし、またお酒も進んでしまった。


途中・・・震度4ぐらいの地震が2回ほどあり東日本大震災の余震を感じ、改めて怖さを感じたのを覚えている。


あの3/11の揺れをまったく知らない私だったから、やはり関東に帰って来たんだなぁ〜・・・実感してしまった。


そしてこの後の生活は二人いつでも会えるぐらいに物理的な距離は縮まったのだが・・・


慣れない私の本社勤務・・・体調不良が重なり、中々会えない日々が続くこととなる試練の日々が待っていた。







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別れの春 再び シンデレラエクスプレス

前日の雨が上がり、きれいな青空になった。
いつものように洗濯してお風呂掃除を始めようとしたら


T 「もうお風呂もトイレも掃除しなくていいよ! もう引越すし。
この一年間自分でやろうと思いながらミオコ任せでいつも甘えてしまった。
汚くなっていたのをいつもごめんね」


M 「ううん 二人の家なんだから主婦のわたしの仕事よ〜 それにきれいになるのが嬉しいんですから! 最後まできれいに使いましょう!」 と掃除を始めた。


T 「最後の最後までごめんね、ありがとう」





昨夜の”割烹ミオコ”の残りと玉子焼きで朝ごはんを食べた。



そして引越しの荷物整理を一緒に始めた。
棄てるものを分けていたが二人で買ったお鍋、キッチン用品、ペアの部屋着、色違いのランチョンマット、ペア雑貨など一年間の思い出の品々を次々ゴミ袋に・・


ほとんど捨てるのは分かっていた。
でも寂しかった。



わたしも自分の着替えや化粧品、ドライヤー、靴、小物、生活用品まで衣装ケースや棚に入れさせてもらっていたが
段ボールに入れて 宅急便で送る準備もした。



タカシが
T「 ミオコの服や日用品があるおかげでいつも一緒にいるようで淋しい思いがなかったよ、
毎月来てくれるのがどれだけ楽しみに待ち焦がれていたか〜
ミオコも過酷な日常なのに・・・
でもあなたが居なかったら僕も佗しい単身で身体壊してどうなっていたか・・
ホントありがとう!」



M「わたしこそ タカシのところでいつも優しく包まれ、四季折々あちこちに連れて行ってくれて 大自然の命の息吹を通して私の命の再生をしてくれて
感謝しきれないです」



T「これからは、近くなるし喜びも悲しみも同じ痛みも分かち合い 今まで以上に支え合えるよ!」



タカシのコトバに一気にチカラが抜けて
わたしの瞳から大粒の涙が零れ落ちた・・・
タカシが、優しく抱き締めてくれた・・・



長年ずっと優等生演じ続け自分でも知らないうちに閉ざされていた心の扉・・・
いつも笑顔のベールで包み、人に光りをかざす灯台のような人生だと・・
タカシと出会い人生後半に「自分」を生きることを初めて知った・・・
わたしの生きてきた中でこの地での最高な夢のような時間・・走馬灯のようにめぐる・・・


わたしはあることを想っていた・・・




タカシも以心伝心のように
わたしが心に抱いていた同じ想いを 呟いた・・・


お互いの心は鏡のようだった・・・






現実に戻った。


夕方まで荷物整理して帰る時間になった。



思い出いっぱいの部屋を目に焼き付け、
玄関を出ていつものようにわたしが鍵をかけた。
合鍵をタカシに返した瞬間、胸に熱いものがこみ上げた・・・
さよなら・・ありがとう201号室・・・





新幹線駅まで送ってくれた。



最後の見送り、わたしもこの駅で乗り降りする事はもう無いだろう。



M「タカシありがとう〜地元で待ってるね〜」


T 「ありがとう!待っててね!もうすぐまた逢えるよ!」


シンデレラエクスプレス🚅は発車した。
笑顔いっぱいで手を振った。





こうしてタカシとミオコの1000キロ新婚生活に終止符が打たれた。





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